Archive for the ‘ご協力ください★’ Category

丁さんと崔さん来日!

木曜日, 3月 4th, 2010

集会・・・2010年4月3日(土) 13:30~ ウイメンズプラザホール 高遠菜穂子さんのお話も★
判決・・・2010年5月24日(月) 13:10~ 東京地裁 大法廷

いつも、被害者と一番近い位置にいる日本側窓口(アテンド・通訳)の李楼さんから、ご連絡いただきました。

「3月3日、原告の丁・崔両氏は無事に来日されました。5時前にホテルに到着してちょっと休憩をしてもらって、食事に出かけるところです。少し疲れている様子で、健康状態は良好です。新幹線にて、車窓から景色を観賞しながら駅弁を楽しんでいました。」

だそうです。これからしばらく、いろいろな団体などを回って、このチチハル毒ガス被害について、訴えかけていただく予定です。

それにしても、原告が体をどんどん蝕まれているところ、来日しても激務のスケジュールになってしまうのは、とても心苦しく感じます。しかし、それほどまでに無理を重ねても、この事件のことを知って欲しいと思って来日されているのです。私たちもそのお気持ちにこたえなければ、と思います。ぜひぜひ、ご協力をよろしくお願いいたします!

署名・はがき送付お願いします!

火曜日, 3月 2nd, 2010

集会・・・2010年4月3日(土) 13:30~ ウイメンズプラザホール 高遠菜穂子さんのお話も★
判決・・・2010年5月24日(月) 13:10~ 東京地裁 大法廷

この爽やかな笑顔の、被害者・丁樹文さんが、最終原告弁論期日にも来日して下さいましたが、もうすぐ再来日して、この事件のことを何も知らない日本人たちに向けて、各地で集会などで呼びかけて下さいます。

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また、右側メニューの「支援のお願い」をクリックしていただくと、5月24日の判決までに、公正な判決を求めるための署名を集めていただく手段、個人でもはがきや手紙を裁判所に送って公正な判決を求められる手段、を紹介しています。

弁護団や他の支援者達との話し合いの席でも、いつも引っかき回す役割の私ですが

「いまどきの普通の若者が、署名運動とかやらないし、団体に所属もしていない。友達に署名を求めて嫌われる、それでもやる、などという度胸は無い人が大半である。そこで、今の若いもんはしょうがねーなーと批判してても、若い人にこの事実は広まらない。どこにも所属しない人も、個人で知り、行動し、個人で参加できる方法をもっと考えて実行したいんです」

と熱く語りました。

このブログで書いていても、効果は微々たるものかもしれないけれど、ひとりずつでもふたりずつでも、支援者が行動してくれればとても嬉しいです。

かく言う私も、大学生のとき、母親の大卒以来?ほぼ全く連絡を取っていなかった同窓生から手紙が来て、「フランス核実験に反対し、抗議の手紙を送る運動をしています」と書いてありました。かんじんの母は忙しくほとんど何もしなかったのですが、私が代わってその人と連絡を取り、一生懸命フランス語で色々書いて送った記憶があります。一人の熱意が、誰かを動かすことは十分あります。もちろん、このような友人知人に訴えかけていく行動も、ぜひ勇気を出してやってもらいたいと思います。

仮に分かってもらえず嫌われたって、いいじゃないですか。そのときは「フン」とそっぽを向いていた人が、後になって「あの時・・・。もっと協力すればよかったな・・・。」なんて改心し、率先して行動する人に変わったりとか、そういうことが世の中たくさんありますよ。元気を出していきましょう。

今後の医療の取り組み

水曜日, 11月 4th, 2009

今回は、チチハル現地視察の際に撮った、車窓風景写真をお届けします。当日は土砂降りの雨でした。・・・

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私どもの中国人ガイドさんが、「発展途上国の、更に発展途上地域ですよ」と再三おっしゃっていましたが、いろいろインフラなど整っていない中で、皆さん懸命に生きておられます。このような草っぱらが、だだっぴろく、広がっている所がたくさんあります。

その中で、どこに毒ガスが埋まっているか、どの土が汚染されているか、なかなかわからない。日本政府が仮に本気で調査したとしても、非常に難しい課題であると思います。

去る10月19日に、三橋(橘田)医師から、どのように皆さんの健康被害を診断したのか、というお話がありましたが、毒ガス被害者に対してこのような検査がなされることも珍しいし、その手法が確立しているなどとは到底いえない、三橋(橘田)医師自身も試行錯誤や新しい発見だらけであって、むしろ政府がきちんと動いて他のたくさんの医師に協力してもらうのが本筋である、ということがよくわかりました。

そりゃそうですよね。戦争のために作った毒ガスであって、その被害にあった人は放置されて死んでいくことを想定して作ったものです。治すための検査やら、その後生きていくための治療法などは、ほとんど研究されてこなかったと思います。 

私は、この2003年の事件のことを最初に聞いて

「戦争なんか、しない以外にない・・・。」

とつぶやいてしまいました。

武器や兵器を作らない、誰もこれ以上危険にさらすことをしないための運動も本当に急務です。

そして、この広い大地のどこかから、また新たな犠牲者を出してしまう可能性が、残念ながらゼロではないことを考えると、治療法や検査法の研究も、早く進めていきたいものです。

藤井医師、三橋(橘田)医師の貢献に頭が下がるとともに、多くのお医者さんたちが、後に続いてほしいと思います。

10月20日に寄せて

火曜日, 10月 20th, 2009

 チチハル8.4事件裁判の報告もまだまだ続きますが、今日は、より昔の毒ガス事件のお話をさせてください。

私が働いている「伊藤塾」のスタディツアーで、去る2009年6月に、ハルビンとチチハルを訪ねましたが、そこで、1974年の毒ガス事件の被害者、李臣さんの被害体験をお話いただきました。

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李さんが事故に遭われたのが、1974年10月20日だそうです。そして、これを書いている私が生まれたのが、1974年10月21日です。明日で35歳になるのはめでたい誕生日・・・。しかし、その35年という、自分で今までの全ての人生を思い返しても結構色々なことがあった長い35年間、李さんが一日も苦しみから解放されることが無く、地獄のような思いを味わい続けてきた。。。そう思うと、たまらない気持ちになります。

2003年、あの事故が起きてしまってからも、6年以上たっていますが、まだまだこれからの10年、20年、30年という日々を考えていかなければなりません。

毒ガスの発ガン性という危険も、お医者さんから指摘していただきました。30年後に、もしかしたらガン患者となられているかもしれない被害者の皆さん。その時に、私たちがちゃんと支援者として活動を続けていられるでしょうか。うわべだけの活動に終わってしまわず、 本当の意味での友情と行動力を持ちつづけられる私たちであるのか。これから私たちの、長い年月の根気と誠意が、試されていくといえます。

そして支援者たちが、被害者の体から毒ガスを取り除くことはできなくても、せめて精一杯の温かい心を示し続けることができるならば、被害者の皆さんの精神力も、少しでも増し、結果的に病魔を遠ざけていけるのではないでしょうか。希望を持って、頑張っていきたいと思います。

[裁判傍聴 2007/9/3@東京地裁]遺棄化学兵器被害チチハル事件訴訟第2回口頭弁論

水曜日, 8月 29th, 2007

↓クリックして、お知らせのちらし(PDF、37KB)をご覧ください。

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◇ 9月3日の第2回口頭弁論に是非ご参加ください!
2003年8月4日、中国黒竜江省チチハル市で旧日本軍の遺棄化学兵器により1名が死亡し、43名が負傷したチチハル8・4事件から4年が経過しました。

被害者たちは日本政府に対し、謝罪、医療と生活の保障を求め交渉してきましたが、日本政府が応じなかったため、やむなく2007年1月25日、被害者ら(遺族含む)48名は日本国を相手として国家賠償請求訴訟を提起し、6月6日に第1回口頭弁論が開かれました。

来る9月3日には第2回口頭弁論期日が開かれます。是非とも、法廷傍聴(とその後の報告集会)にご参加下さい!

~~~遺棄化学兵器被害チチハル事件訴訟 期日と集会のご案内~~~

◆第2回口頭弁論
日時:2007年9月3日(月) 午前10時~11時
場所:東京地方裁判所103号法廷にて
※確実に傍聴できるためには9時30分くらいまでにおいでください。
※傍聴券の抽選はありません。
※入廷行進はありません。

なお、午前11時15分から弁護士会館502室にて裁判報告集会を行います。(スタッフが誘導いたします)

◇9月3日に来日、意見陳述予定の崔金山さんのプロフィール
崔金山さん 1960年1月25日生まれ、男性
崔さんは、毒ガス液入りのドラム缶が発見された現場と道路を隔てた向かい側にある駐車場で運送仲介業を営んでいましたが、この駐車場の土地を整地することになり、整地のため持ち込まれた土が毒ガスによる汚染土だったため被毒しました。

被毒により、物が二重に見えたり、咳や痰が出る、頻繁に風邪をひく等の他、酷い脱力感があって身体を使った仕事はできなくなり、友人や家族からも疎んじられるようになったと語っています。