Archive for 12月, 2009

12月21日裁判のご報告

月曜日, 12月 28th, 2009

★今後の予定
2010年1月25日(月)午前10時 東京地裁611号法廷

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大変遅くなりました!12月21日、丁樹文さんの最終陳述及び、5人の弁護士からの熱弁で締めくくられた、事実上の結審が、多数の傍聴者の視線の中、無事終了いたしました。

その後の報告会も、たくさんの質問や提言が出て、これまでにも増しての大盛況となりました。

裁判所は、絶対に、年度替わりを迎える前に、きちんと判決を出してほしいですね!!!

また、政治的にも対策の確立をめざしていきますが、これだけ裁判傍聴者が集まる熱気が高まっているわけですから、ぜひとも、今後政治方面での請願・陳情・デモなどの集団行動にも結び付けていきたいところですね。

これから年が明け、2010年も、被害者は寒い中年明けを向かえ、一日一日、苦しい日々を送っていきます。皆さまのカンパ、一層のご支援を宜しくお願いいたします。

敦化事件裁判・1月18日

木曜日, 12月 17th, 2009

★今後の予定
2009年12月21日(月)午前10時 東京地裁103号法廷
2010年1月25日(月)午前10時 東京地裁611号法廷

敦化事件の方の裁判日程を追加しました!(右側の「関連裁判」)

ぜひ、こちらの方も多くの方の傍聴をお願いいたします。

チチハル・敦化事件とも、月曜日のスケジュールが多いですね。

牛海英さんの肖像

火曜日, 12月 15th, 2009

★今後の予定
2009年12月21日(月)午前10時 東京地裁103号法廷
2010年1月25日(月)午前10時 東京地裁611号法廷

チチハル遺棄毒ガス事件被害者の、牛海英さん(女性、当時廃品回収店経営者)の肖像画です。凛とした美しさが見事に描かれていますね。

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私どもの、伊藤塾スタディツアーに参加した塾生さんで、絵の非常にお得意な方がおられます。「何とか、牛さんの絵を描いていただけませんか」と私の方から再三お願いし、実現に至りました。

この作者の方は、御家族の介護をなさりつつ、おひとりで頑張っておられる男性です。チチハルで、牛さんの証言をお聴きした後、「きっと寂しいと思いますよ。幸せだった家庭を失い、女性として、どのようにご自身を精神的にも維持しておられるのか。本当に辛いと思います」・・・帰って行く牛さんの姿を見ながら、しきりに気にかけておられました。

「私もそう思います。いくらかでも励みになるのではないかと思いますので、絵を描いていただけませんか。いつも、女性を美しく描くのが得意じゃないですか。ぜひお願いします」と、そのときの立ち話から始まって、メール、電話、ことあるたびに絵をお願いしていた私でした。

実現した作品を拝見していると、作者から牛さんに対しての気持ち、少しずつでも今後幸せに生きていただきたい、という祈るような思いが伝わってきます。

絵をどうやってお渡しするかが問題ですが、牛さんの反応を拝見したいところです。作者の方に「直接お渡しにいってくださいよ」と勧めているのですが「財源的にも厳しいですし、第一恥ずかしいですよ」と尻ごみしておられます。これからどうするかを考えたいと思います。

いずれにしても、言葉が通じなくても、このような心のこもった支援ができるのです。ぜひとも、多くの方から、チチハル遺棄毒ガス被害者への、温かい支援をお願いいたします。

毒ガス被害者の元日本兵

火曜日, 12月 8th, 2009

★今後の予定
2009年12月21日(月)午前10時 東京地裁103号法廷
2010年1月25日(月)午前10時 東京地裁611号法廷

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このたび、毒ガス兵器についていろいろ調べていて、なんと日本軍内部での、イペリット・ルイサイト人体実験被害者の方を知ることになりました。20歳前後の時に、日本軍兵士として「上官から、実験としてイペリットやルイサイトを体に塗られた」、咲間進さんです。

咲間さんはインターネットは使っておられませんが、隣人の若い方がWebデザインをしていて、毒ガスの話を聞き、これは大事なことだと思ってウェブにアップなされたとのことです。ぜひ、記事もお読みください。

「毒ガスの人体実験を受けた私」

「毒ガスの後遺症」

北海道新聞に紹介された記事もご覧ください。(写真あり)

私はさっそく、HP管理者のみつやじゅんかさんに、私はこういう者ですが、こういうわけで中国の毒ガス被害者支援をしていて、咲間さんの体験が大変参考になり、また、胸痛みましたというメールを送りました。すると、なんと咲間さんご本人からお電話を頂き、びっくりしました。あまり言葉になりませんでしたが、本当に生きていてくださって、書き残してくださってよかった、私も後々までこのことを伝えていきますとお伝えしました。

中国のどこに行かれたのですか、とお伺いしましたが、武漢から入って、長江をドンドン内陸へ行かれたそうですので、チチハルの辺りではないようです。しかし、本当に中国の広い範囲で日本軍が毒ガスを使用し、いろいろな場所で今も今後も、被害が発生しうるのだということがわかりました。

咲間さんが91歳まで生きておられることで、中国の被害者の方々も長生きできる可能性が十分あるのではないかと考えられるのは喜ばしいことですが、お年を召されてから更に毒ガスの被害が深刻になるのではないかと、とても心配です。

また、日本軍に対しては、更なる怒りを覚えています。

咲間さんを実験台にした将校らが「お前たち兵卒は消耗品だ、一銭五厘のハガキ一枚でどうにでもなる」、「お前は甲種合格一人の軍人となったのだ。お前の体は自分のものではない。大日本帝国と天皇陛下に捧げた体なのだ、つべこべ言わず真面目に訓練を受けろ」、などと暴言を吐いたそうですが、絶対に許せません。

「軍隊が平和を守る、国民の安全を守る」と思い込んでいる人が21世紀の世の中にも多数存在しますが、咲間さんや多くの被害者の声に、真摯に耳を傾けていれば、そんなことはとても言えないはずだと思います。

格差社会中国、でも

水曜日, 12月 2nd, 2009

★今後の予定
2009年12月21日(月)午前10時 東京地裁103号法廷
2010年1月25日(月)午前10時 東京地裁611号法廷

大変遅くなりましたが、「被害者の声」に、施青さんの証言を追加しました。

施青さんは、貧しい農村の出身で、1972年に21歳でご結婚。大学には行っていません。というか、この時代、文化大革命のため、大学教育自体がなかったですね。

読み書きが出来ないということで、裁判の際も、宣誓書を読み上げるところ、通訳の方が言った言葉を後に続いて言う形で行っていました。

弁論の準備も、読み書きが出来れば紙を渡して、こんな内容でどうですかというチェックが出来るのですが、それが出来ないためすべて口頭で行い、大変でしたという弁護団のお話がありました。

文字の読み書きが出来ない人がいる。日本でも確かにいると思います。しかし、インテリ階層に属して生活していると、そういう方とお友だちになったり交流する機会がありません。

今まで、私の勤めている伊藤塾でも、中国の大学生や法律関係者と交流することがありましたが、やはりインテリ階層同士の交流に限られていたわけで、知らずに偏ったイメージを持ってしまっていたことに気付きました。「中国人=よく本を読んで物知りな人たち」というイメージがありましたが、もちろん全てがそうではないわけです。

ホワイトカラーが、冷暖房のきいた部屋で、座りっぱなしで作業をしているその間に、より少ない賃金で、労働者として外で一生懸命働いている人がたくさんいる。。。そんな事実すら、忘れてしまっているインテリ階層も多いのではないでしょうか。

施青さんや、他の労働者被害者の方も、お話を伺っていると皆さん一般に早婚ですね。高等教育の学校に行かない人は、早く社会に出ますし、早く結婚し、早くから子供を養うケースが多いです。なおさら、お金を儲けなければならない。しかし、階層に応じて人付き合いが限られているので、自分が難しい読み書きを出来ないだけでなく、普通は周りに勉強している人や、社会的地位の高い人や、知識階層がいないことが多いです。情報を知らないために損させられることが多かったりもします。

日本にいてさえ、階層の違う人とは分断されて暮らしているのに、今回のチチハル事件で、読み書きの出来ない労働者の方にも、支援の手が届いたことが私はすごいことだと思っています。そして弁護団が、言葉も違い、書面でのやり取りが出来ないにもかかわらず、一生懸命聞き取りと弁論準備をし、通訳の方々の並々ならぬ貢献もあって、裁判所にもきちんとアピールできました。この支援を、今後も維持拡大していきたいですね。そして、早く本当の意味での解決ができてほしいです。