第9回口頭弁論(2009/5/11)
第9回口頭弁論で、被害状況の陳述(2009年5月11日)
5月11日、東京地裁の大法廷は遺棄毒ガスチチハル訴訟の原告代理人の準備書面の朗読がおこなわれました。佐藤香代弁護士からは被害の実態と現状を医学的見地から実証しました。
まず被害直後の悲惨な状況について述べました。
被害者全員が軍の203病院に隔離されました。この状況は事故から11日後に日本政府が派遣した調査団の報告書にも述べられています。この報告書によっても悲惨な状況は明かです。
被害者の中で唯一亡くなった方の状況は次のようです。受診時30%程度だった皮膚損傷が急速に95%に拡大し、ほぼ全身が糜爛するに至りました。血小板と白血球が著しく低下し、重症の敗血症で、急性心不全をおこし、事故後15日で亡くなったのです。
このように初期段階の調査で志望者と同程度の「特重度」に分類された原告は4人いました。この他にこの報告書では、重度16人、中程度11人、軽程度は12人とされました。
佐藤弁護士は、次に一向に改善しない慢性症状について述べました。事故から5年以上経過しても全身に複合的な健康被害をかかえています。
①呼吸器の疾患。毒ガスによる呼吸器疾患花街時間をかけて進行するといわれていますが、多くの被害者がこの症状をまわりがわかるくらいに進行しています。
②免疫力の低下。骨髄抑制の状態にある原告もいます。
③高血糖の状態。事故当時小学生だった原告も高血糖になっています。
④神経障害も深刻です。しびれ等の感覚異常、筋力の低下、自律神経の障害も認められたり、脳に対する生涯である高次脳機能障害も確認されています。
さらにこの総体として「易疲労性の問題」もあります。ほぼすべての原告が「疲れやすい」「動けなくなる」状況を訴え、胸が苦しくなる(胸悶・・・中国語でシュンムン)を訴える状況です。ある原告は「びらんがおきた陰嚢と足首は今もかゆく、湿っています。心まで伝わってくるようなかゆみです。咳はほぼ毎日でます。視力も低下しました。ものがぼやけて二重にみえます。ピントも調節できないし、まぶしさを強く感じます。性的な能力も落ちて、夫婦生活に支障をきたしています。シュンムンが出た時には、深夜でも耐え難く、外にでたりします。睡眠時間も今は3~4時間ぐらいです」などと述べています。
毒ガスの被害は、時間がたってだんだん改善されるというものではありません。毒ガス被害の恐ろしさは心臓疾患です。心臓に異常がある原告の多くは40歳代前半です。そしてもっとも恐れるのは発ガンです。検診を担当した医師も、今後必ず発ガンの問題が浮上すると警告しています。
次に全人生的な被害の状況を菅野弁護士から論述されました。被害者は事故当時学生だった者を除いて全員が就労していました。しかし事故後、易疲労性、筋力低下、眼障害、記憶力や集中力の低下などの複合的身体的被害のために、それまで従事していた仕事を失ってしまいました。
事故の2年前にチチハルに出てきた貧しい農民だった原告は、チチハルで廃品回収の仕事をおこない、鉄屑、貴金属を集め、売却することをおこなっていました。30キロの荷物をもっても平気で、収入も増え、くらしの見通しもでてきたといいます。ところが事故後10キロの荷物をもっても動悸がして休まなければならなくなったり、薪を斧で細かくするだけの作業も5分斗続かない状態で、力がはいらない、全身がだるい、などで就労できなくなりました。仕事ができなくなるということは収入が減っていくということで家族の生活にも影響がでていきます。一家の支え手としての役割を失ったことによる精神的苦痛も広がっています。ある原告の息子さんは大学入試に合格しましたが、経済的な紙上で進学を断念しました。
子どもの状況も深刻です。退院後、復学しましたが、黒板の字がみえない、記憶力が落ちた、風邪をひきやすいなどの状況にくわえ、まわりの友だちから「イペリット中毒」「伝染する」などといわれ、一緒に遊んでもらえなくなったりしています。まわりの風評被害も深刻です。身体的被害への無理解・・・「なまけ者だと誤解」、伝染するという誤った偏見、被害者自身の性格変化などが原因で友人関係の破綻もおこしています。ある原告はまわりの保護者から「登校させるな」という抗議があり、教室でも席を離されて授業を受けるなどによるなどで退学せざるを得なくなった原告もいます。
経済的な状態に言及すれば、収入がないので、政府からの給付金がなくなったら「死ぬしかない」という原告もいます。医療費の問題も大きいです。中国の医療費は高額で、保険制度の適用を受けないチチハル被害者たちは全額自己負担になっています。乏しい収入と莫大な医療費で生活困難は事故前とはくらべることのできないほど悪化しています。この状況は今後改善される見通しはありません。将来への不安をすべての原告がかかえています。仕事のこと、家族のこと、友人のこと、「事故の後、本当にすべてのことが変わってしまいました」と15歳の原告が語る言葉は深い悲しみと無力感を表すものです。
裁判所は深刻な被害を受け止め、救済の手をさしのべるべき、と菅野弁護士は結びました。
このあと報告集会にうつりました。その中で井堀弁護士は、参加者の質問にこたえ、この裁判の意義について「被害者の救済、遺棄毒ガス弾の処理は政治的に解決しなければならない問題です。一方で政治解決のはたらきかけを強めていますが、裁判で勝利することで、政治解決への弾みをつけていくことになります」と述べました。