第12回口頭弁論(2009/10/19)

楊樹茂さん本人尋問で、胸悶(胸が圧迫され、息が苦しくなり、体も痛くなる)

はじめは楊樹茂さんの本人尋問です。担当は富永由起子弁護士です。富永さんは、単刀直入に被害事実から尋問にはいりました。楊さんが答えた要旨は次の通りです。

私はひまわりの種を加工する工場を経営していました。自宅兼工場が建設途中でした。自宅の庭にはひまわりの種を加工する機械を庭に置きました。2003年8月4日にトラック5台分の土を買いました。自宅の庭にこの土の山が5つできました。忙しかったので、この土を使っての作業は8月11日におこないました。土の山に昇り、スコップで土をまわりにまきました。その日のうちに右足のかかと、くるぶしの外側、内側、左足のくるぶしの外側に最大3cmほどの水疱ができました。次の日もそのままにしていたら、水疱はだんだん大きくなり、色も濃くなり、目にも異物がはいったように感じて、8月14日に203病院に行きました。そこでは、水疱をつぶす、点滴をするためにベットにしばりつけられる、などの治療をしました。入院は3ケ月に及びました。医者からは「治らない」と言われました。退院して仕事を再開しようとしました。生活があるので、仕事をしなければならないと思いました。しかし、毎日だるさがあり、汗もかき、頭痛もします。

ひまわりの種を商品にするのは、まず種を煎って、送風機で乾燥させます。煎る時の火力も調節しなければなりません。一時も目を離すことができないほどたいへんです。事故に遭う前は一回30kgを30分ぐらいでできたものが、体力がおちて、40分ほどもかかりました。頭痛がして、汗が出て、気持ちがイライラします。力がはいらないのです。事故前には一日400kgもつくっていました。仕事を再開しようとした時、ためしに200kgの種を作りました。次の日に得意先をまわりましたが、誰も声をかけてくれず、商品もまったく売れませんでした。朝7時から午後3時までスーパーや商店、露天商をまわりましたが、一軒も買ってくれませんでした。私が毒ガスの被害者だということが報道され、わかっていたので、買ってくれなかったのです。つらくて悲しかったです。このひまわりの種はゴミとして捨ててしまいました。家に戻り、ベットに横になり、起きられませんでした。もうこの仕事はできないと思いました。

妻もつらい思いをしています。私は他の仕事も探しました。工場の門番のような仕事を探しましたが、雇ってくれるところはありません。 胸悶の症状についてお話します。胸が圧迫され、息が苦しくなり、体も痛くなります。汗が全身に出て、特に手のひらやひたいにでてきます。こうなると、頭痛がしたり、頭がしめつけられるように感じたり、手に力がはいらなくなります。手首がいうことをきかなくなります。こういう症状はいつでるかわかりません。症状がでると気持ちがイライラします。居ても立ってもいられないのです。昔バスケットをやっていましたが、今はまったく体が動きません。

物忘れもひどくなり、買い物に行っても全部そろえられないこともあります。子どもに言われてもできないこともあります。息子の食堂を手伝っていますが、注文をとっても忘れてしまい、やらせてもらえません。以前はこんなことはありませんでした。80軒の得意先を回っても記憶に問題があったことはありません。

経済的にも大変です。事故前は月に4000元から5000元の収入があり、生活には問題ありませんでした。貯金もありました。今は妻のアルバイトの収入が中心です。私の薬代が月に7000元ほどかかります。親戚から借金をしている状態です。借金は20万元もあります。事故の翌年次男は高校を中退しました。大学進学の希望がありましたが、その希望も実現しませんでした。長女も高校を中退しました。子どもからは相談はありませんでした。いきなり学校に行かなくなったのでわかったのです。経済的な理由です。薬も最低限しか買えません。痛み止めぐらいです。免疫力の低下が言われていますが、食事もきちんととれません。症状は日に日に悪化しているように感じます。

父は地主階級だったので、苦労しています。小さい時は貧しかったけれど、努力して両親にいい生活をさせたい、子どもにも良い教育をさせたいと思っていました。この夢が実現寸前になっていたのです。自宅兼工場が完成間近でした。今、父がこんな私をみて、家計を少しでも助けようとゴミ拾いをしています。

私はかつて幸せで安定した家庭がありましたが、今はすべてありません。自分自身、これで終わりにしようと思うこともありました。両親と子どものことを考えるとそれもできませんでした。健康な身体をとり戻したいと思います。この法廷で公正を取り戻したいです。

橘田医師の証人尋問・・・化学物質が血流を通って全身に回っている、毒ガスが原因で神経障害がおこっている

午後は、まず橘田亜由美医師の証人尋問からです。主尋問の担当は佐藤香代弁護士です。最初に「神経内科」についての質問からはじまりました。神経内科というのは何かということを、橘田さんはわかりやすくていねいに答えていました。概要を書きます。

神経内科というのは、脳や脊髄、自律神経のなど高次機能障害についてみます。心療内科、精神科とは違います。心療内科はノイローゼなどの心因性の問題を扱います。精神科というのは、統合失調症などの症状を扱います。私が神経内科になってから5年で、月に400名ほどの患者をみています。

神経の分類と機能についてお話します。中枢神経と末梢神経があります。中枢神経は大脳・脊髄などで高次機能障害にかかわります。末梢神経は自律神経と体性神経にわかれます。体性神経は感覚神経と運動神経に分類されます。

(1)感覚神経のことからはじめます。毒ガス被害は患部だけの神経だと思っていました。しかし、大脳・小脳にも障害があることがわかりました。触覚検査・痛覚検査をしました。皮膚のびらん面の異常感覚だけではなく、全身に異常感覚が広がっています。手足の先端、右半身に異常感覚がある人もいます。化学物質が血流を通って全身に回っているのです。これは水俣病、ヒソ中毒の患者にみられるものです。

(2)運動神経についてです。握力検査、徒手筋力検査をしました。筋力は6段階にわかれます。腕の関節が重力がある状態で曲げられるものを5、まったく曲げられないものを0とします。多くの被害者が3ないし4の状態でした。筋力が弱っていることを示しています。理学療養士が検査をしました。握力については、易疲労性を調べます。10回連続で検査をして、普通は5回までは握力は低下しないのです。しかし、5回検査をしなくても握力の低下がみられました。さらに、もともと握力が低いのです。日本人の平均握力は40~45歳の男声で49ですが、今日尋問にたった楊さんは16.8でした。

(3)自律神経についてです。自律神経というのは副交感神経ともいわれ、血圧をさげたり、脈拍数を調節したりします。この異常については冷水テストで確かめます。冷水に1分間手をつけていて血圧を調べます。普通は血圧があがります。10以上の血圧上昇が普通です。この時血圧上昇が10以下の人は異常と診断されます。またジルマテストといって涙腺の量を調べるテストもしました。涙が少ないのです。自律神経の異常で分泌が少ないのです。ドライアイとよばれる症状です。

自律神経関連では、①発汗の異常です。暑い時など体温調節で発汗しますが、被害者の多くは手のひらに汗をかいたり、暑くないのに汗をかくひや汗のような汗がありました。②頻尿もあります。被害者は比較的若い層が多いので前立腺肥大は考えにくいです。それでも頻尿がありました。このふたつは検診中に現認しています。③インポテンスについても自律神経の関連だと考えられます。性的興奮でも勃起しないのです。この部分では、多角所見は難しいのですが、自律神経障害がでにくい若い集団で多くのデータが得られたのです。

これらの診察から、毒ガスとの関連についてですが、被害後に症状が出たということから考えれば、毒ガスが全身に回っておこったと考えるのが妥当です。生活を疎外する要因になり、就労の疎外要因にもなっています。さらに回復可能性ですが、被爆後6年たっていてもこういう症状がでているということで永続的にこの症状が続くと考えられます。 

(4)高次機能障害についてです。記憶は大脳が司っています。記憶力の検査をするには三宅式検査を行いました。有関係対語を10組提示し、くりかえしてもらいます。海・船、春・秋などというものです。3回やればだいたい全部言えます。しかし、2個、3個ぐらいしか言えないという被害者がほとんどでした。これは短期記憶障害となります。被害者の多くは短期記憶障害と判断されました。毒ガスの成分が大脳に侵入したと考えられます。血液脳関門というバリアがあり、有害物質を脳にいれない機能がありますが、これを超えてしまったということです。知能検査で知能の低下は軽度なのに、記憶障害が目立っています。つまり脳の全般的な力が低下するのではなく、記憶力の部分が低下しているのです。マスタード被害と記憶力障害について記された文献にも80%の被害者に記憶力低下がみられたというのがあります。

また、ものがゆがんで見える、実物より小さく見えるなどの視覚障害もみられました。まともに指をあわせられない視覚失調、目で見ただけでは判断できないでさわってわかるという視覚失認、色盲でないのに色覚障害があるなどというのは大脳性の障害です。脳の広範囲にケミカルな物質がはいったということです。
最後に分類不能の障害についてです。中国語で胸悶(シュンムン)と言われています。少しの労作で発汗し、胸がドキドキしてしめつけられるように感じ、苦しくなって動けなくなる症状です。神経障害の一環だと考えられます。いろいろな自律神経を小さなストレスや刺激されることによっておこります。疲れやすい、力が出ないという易疲労性です。一分間の踏み台昇降やスクワットの検査でも途中でダメになる人が多くありました。

仕事ができない、というのは疲れやすいなど自律神経障害、短期記憶障害と考えられ、被害者の訴えと診断した結果を総合的に判断して自律神経障害と診断してよいと考えます。今後この症状がすすむとは考えにくいですが、二次的に廃用性、筋力低下、抑鬱などで症状がすすむことも考えられます。先例も報告もないのでさらに精度の高い検査たとえばMRIなどをすると良いと思います。そうして原因を明にしてほしいです。さらに被害者は医療的ケアをうけていないので、診察で症状を軽減できるので医療保障はぜひとも必要です。

このあと、国側代理人による反対尋問がありましたが、些末な細かなことを聞くだけでたいした内容はありませんでした。

ビデオ上映・于景芝さん・・・罰をうけているようです。

この日の裁判の最後は今回来日できなかった于景芝さんのビデオ上映です。于さんは自宅の庭を整地しようとして、毒ガス被害にあいました。今年6月に于さんの自宅で撮影したものです。激しく咳が頻繁にでている様子、食欲がでない状態、ベットの上でずっとすごす状況などがリアルに示されました。この中で于さん自身が「入院した方が良いといわれるが、お金がないので家で寝ているだけ」「頭痛がして、頭がしめつけられるようだ」という言葉が印象的でした。

また、ベットの上での検査の様子も映し出されました。色覚異常の検査では、何度も見ていると皆「黒」く見えることがわかりました。また、絵を描いてもらいましたが、その形状を正しく描くことがなかなか難しいこともわかりました。ベットの上にあるものを取ってほしいと言われて、手をだしますが、空をとってしまうという状況も示されました。 ビデオの最後に于さんは「罰を受けているようです。生きていたくありません。子どもたちは杭州に出稼ぎに行っていますが、稼いだお金は皆私のために送ってくれます。私が早く死ねば子どもは楽になります。家には食べ物もありません。夫も苦しんでいます」と言われました。

このビデオは実際の生活の場で原告たち被害者がどんなに苦しんでいるかをリアルにみることができました。証人尋問で橘田先生が証言した事実が映像としても確認することができたと思います。傍聴者はもちろん、裁判官も熱心にビデオをみて被害の実態を肌で感じ取ることができました。

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